COLUMN

No18. 感情とはどういうものか(2)

テクノロジー

はじめに

前回のコラムでは、感情の由来はどこから来ているのかについて解説し、感情に関する理論としてポール・エクマンの基本感情説とジェームス・ラッセルの感情次元説(感情の円環モデル)を紹介しました。
今回のコラムでは感情が生み出される仕組みについて簡単に解説します。

基本感情と高次元感情

人間の感情には、生物としての生存に直結する感情と、社会生活を行うために必要な感情とがあります。
前者を基本感情、後者を高次元感情と言います。
基本感情は生存に必要な、怒り、恐れ、悲しみ、喜び、驚き、嫌悪の感情として生後半年以内に形成されます。
その後1歳半頃までに他者と自分を区別する「自分」という概念が生まれ、困惑、羨望、共感といった感情が発現し、2歳半~3歳ころまでに自己と他者の関係性が理解され始めます。
それに伴い、誇り、嫉妬、恥ずかしさ、罪悪感と言った社会生活に必要な感情が発現されるといわれています。

基本感情と高次元感情は、感情を生み出す機構が若干異なり、感情を生み出す主要脳部位も異なります。
基本感情と高次元感情の間の線引きは必ずしも明確に区別できない場合もあり、同時に両感情が発現することが一般的ですが、感情を理解するためには有効な区分けです。

基本感情を生み出す体内の仕組み

怒り、恐れ、悲しみ、喜び、驚き、嫌悪の基本感情は、外部の刺激(音、視覚、匂い、触覚、味、温度、平衡感覚、位置感覚など)や内的な刺激(気持ちが悪い、胃が痛いなど)から始まります。
これらの刺激は感覚器官を通じて脳に伝達され、

感覚入力(視神経、聴覚神経、等)→脳→自律神経→生理的反応

という流れで処理されます。
基本感情は生存に不可欠な感情ですから、脳内では即座に情報処理をして感情を生み出し、生存に直結するための判断(例えば、戦うか逃げるかの判断)を迅速に行い、しばしば無意識的です。

基本感情を発現させる際に中心的な役割を果たす脳部位とその役割

主に大脳辺縁系で基本感情が生み出されますが、その中で以下の部位が関与していると考えられています。

  • 扁桃体(へんとうたい):
    扁桃体は、恐怖や怒りに関与します。
    感覚情報が扁桃体に届くと、ここが評価を行い、その後の行動反応を決定します。
    恐怖反応の調整が特に重要で、危険を察知して即座に「戦うか逃げるか」の反応を引き起こします。
  • 視床下部(ししょうかぶ):
    視床下部は、生理的な感情反応(例えば、心拍数の増加、発汗、ホルモン分泌)を調整する重要な役割を果たします。
    感情が生理的な変化として体に表れる過程を制御し、感情的な体験を身体的に感じさせる部分です。
  • 帯状回(たいじょうかい):
    帯状回は、感情的な処理、特に動機づけや報酬に関連しています。
    感情的な体験を評価し、適切な行動を取るための決定を支援します。
    感情に関連する記憶と行動を結びつけ、行動の結果がポジティブかネガティブかを判断します。
  • 海馬(かいば):
    海馬は、感情に関連する記憶を保存し、感情的な出来事や状況に基づいて新たな反応を学習する役割を持っています。
    過去の経験から感情的な反応を引き出し、今後の行動に影響を与えます。

これらが相互に連携することで、基本感情が引き起こされます。

高次元感情を生み出す体内の仕組み

高次元感情が引き起こされるきっかけは基本感情ほど単純ではありません。
親しい友人や同僚のすぐれた成果を見て、嫉妬の感情を抱く場合もありますし、誇りの感情を抱く場合もあります。
高次元感情発現機構は非常に複雑ですが、ここでは他人との会話やメッセージ交換を例に考えてみましょう。

1. 言語的情報の受け取りと理解

会話やメッセージは、まず感覚器官(耳や目)を通じて脳に送られます。
例えば、誰かが話す言葉や書かれたメッセージを視覚的に捉えると、その情報は脳の言語処理領域(左脳のブローカ野、ウェルニッケ野)で理解されます。
この段階では、相手の言葉が意味を持つ形で処理され、文脈や語彙、文法が正確に解釈されます。

2. 感情的なニュアンスの認識

言語的な意味を理解した後、脳はその内容に感情的なニュアンスを加味して評価します。
視床下部や扁桃体で、相手の言葉がポジティブかネガティブか、またその感情がどのように自分に影響を与えるかが評価されます。
この評価によって、高次元感情が誘発されます。
例えば、相手が感謝の言葉を述べた場合、扁桃体や前頭前野はポジティブな感情(喜び、安心感)を生み出し、逆に批判的な言葉や攻撃的な言動はネガティブな感情(怒り、悲しみ、傷つき)を引き起こします。

3. 感情の評価と処理

言葉が引き起こす感情的な反応は、前頭前野を通じて評価され、感情が「適切かどうか」が判断されます。
前頭前野は冷静にその感情の意味や影響を評価し、引き起こされた感情的な反応が社会的に許容されるかどうかを見極めます。
もしその感情が過度に強い場合や社会的に不適切だと判断されると、前頭前野が抑制的に働き、その感情をコントロールする働きをします。
これによって、行動が適切に調整されます。

4. 感情に基づく生理的反応

感情が形成されると、自律神経系(交感神経と副交感神経からなる)やホルモン系に信号が流れます。
例えば、怒りや恐怖を感じると、交感神経が活性化し、心拍数や血圧が上昇します。
一方、喜びや安心を感じると、副交感神経が活性化し、リラックスした状態が促進されます。
このような生理的な反応が、行動に向けて身体を準備させます。
怒りを感じると攻撃的な行動が出やすくなり、喜びを感じると他者に対して優しく接する行動が取られます。

5. 行動の発現

最終的に、感情がどのような行動に転換されるかは、その感情が引き起こす「動機」によって決まります。
例えば、肯定的な感情(喜びや感謝)は社会的な接近行動(相手にありがとうと言ったり、手助けしたり)を引き起こし、否定的な感情(怒りや悲しみ)は社会的回避や対立行動を引き起こすとされます。
社会的報酬や罰に関連する感情は、行動に大きな影響を与えます。
例えば、ポジティブなフィードバック(褒められること)は、さらに良い行動を促進し、ネガティブなフィードバック(批判)は、行動の修正や反省を促します。

6. 社会的および文化的背景の影響

さらに、会話やメッセージの内容に対する感情の反応は、個人の社会的背景や文化的要因によっても影響を受けます。
例えば、ある文化では感謝の表現が重要視される一方、別の文化では内心の感情を表に出さないことが美徳とされることがあります。
このため、相手との関係性や過去の経験が感情の解釈に大きな影響を与える要因となります。
例えば、過去に感謝された経験がある場合、同様の言葉を聞いたときに強い喜びを感じるでしょう。

おわりに

上述した通り、感情形成は脳内の様々な部位や神経系に関係しており、非常に複雑です。
人間が生存を維持し社会的生活を円滑に行うためには、適切な感情が適切な時期に発現されることが重要であり、感情は人生そのものと言っても過言ではありません。

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